料理の味付けにうるさい人は星の数ほどいるが、食器の後かたづけに一家言ある人は見つからない。<はしもといわお・アウトドアの掟>

コラム

 
狸カップ
 
 林道を深く分け入った場所でした。そこはキャンプ場ではありませんでしたが、前任者が沢山いたような形跡がありました。焚火の後もありましたが、それほど汚されてはいませんでした。ここなら快適にキャンプができそうだというので、行き当たりバッタリでしたが、その日はそこでキャンプをすることにしました。
 早速テントを張り、焚火の用意です。秋の日はすぐに暮れ、焚火の火が頼もしく感じられます。その火を前に早速乾杯です。肴と夕食が殆んどいっしょくたんでした。
 風の音と川の音が微かに聞こえるだけの静かな夜でした。周りにある大きな木が天を覆っていましたので、星が見えないのが残念でした。その木々も、そろそろ葉を落とし始めていました。
 夜9時を回った頃でしょうか、私の背後でガサガサと風の音でも川の音でもない物音がしていました。すでに、かなり酔っていまいしたので、その物音は何時からなのか誰もわかりませんでした。
 「何かいるな」
 全員がその物音に神経を注ぎます。しかし、むやみにそちらの方を見ることはありません。こちらの気配で向こうが警戒するのを恐れたからです。大きな物音ではなかったので、危険な動物ではないとみんなわかっていました。それが何なのかみんな興味があったのです。
 しばらく、こちらが何もないそぶりで振舞っていると、次第にそいつは近づいてきました。
 「狸だ」
 そちらを横目で見られる位置に座っていた者がつぶやきました。私はゆっくりと首を後に回しました。暗いのでよくはわかりませんでしたが、確かに狸のようです。
 「人なれしているな。きっとここで、この夏は食事にありついていたんだな」
 私はそっとハムを後手に放りました。一瞬、びくりとしたようでしたが、逃げもせずそのハムに近づいてきました。私の後方ほんの2mでした。その後、あっちからもこっちからも食料が投げられ、狸は警戒しながらも食べるのに夢中でした。
 しばらくすると、私たちの興味は狸を離れ、焚火と酒と話しに戻っていきました。
 「ゲッ!俺の肴を食ってる」
 何時しか、狸はその友人のシェラカップから直接中の食べ物を食べていました。かくして、シェラカップのもう一つの用途が生まれたのでした。
 その友人は家に帰ってから、そのシェラカップを煮沸消毒し、その後アルコール消毒(こちらはただ、酒を飲んだだけですが)してまた使っています。そのシェラカップは特別に『狸カップ』という名をいただくことになりました。