キャンプ料理は、いちばん手抜きをしたものがいちばんうまい。<はしもといわお・アウトドアの掟>

コラム

 
狸型水筒の7m脱走
 
イワカガミ <@峰>の使っている水筒は二十数年前に買った代物です。ふっくらと狸型で、両面が凹んで持ちやすくなっています。色はアルミそのままの銀色。もちろん中はコーティングしてあります。 いにしえからのプレッシャーキャップ(バネロック式)の代物ですが、その部分さえ壊れなければ非常に長持ちするようです。何しろシンプルですから。今でも色や形は変わっても同じ構造のものはあるようですね。 口のゴムのパッキンはもう4回程換えたでしょうか。しかし、まだ現役バリバリです。非常に愛着のある狸型の水筒です。
 その水筒のお話です。
 
 コシヒカリの本場もすでに田植えが終わっていました。しかし、山を見るとまだ上のほうにたっぷりと雪が残っている季節です。そんな山の中腹から、花を求めての山行でした。頂上を目指す山登りではありません。 好い花を見るため、写真に納めるためための山行でした。
 歩き始めるとすぐに、カタクリ・ミヤマカタバミ・オオバキスミレ・ナガハシスミレなどが迎えてくれました。アズマイチゲと一瞬思ったのはキクザキイチゲでした。所変われば花も違います。それが楽しくてしようがない。 そんな可憐な花を愛でながら、写しながらの山歩きは遅々として進みません。通常の2倍はゆうに時間を掛けていました。
  「少し休みましょうか」
  ちょうど湧き水が岩の間からしみ出していました。一休みには格好の場所です。辺りの日陰には雪が残っている標高まで登っていました。
 その湧き水で喉を潤し、下界から運んできた水筒の水を捨てて、入れ替えようとした時です。狸型水筒が、するりと私の手から滑り落ちました。空の水筒はカランコロンといい音を立てて、斜面を転げ落ちてしまいました。
 「アアッ!」と、声をあげた時、水筒はうまく木の根元に頭だけを見せて止まりました。ほっとしました。
 斜面といっても何とか降りていけそうです。私は岩や木につかまりながら水筒の所まで下りて行きました。それはきっと、この愛用の水筒がそれを見せてくれるために7m脱走したのでしょう。 可憐なイワカガミが木の根もとのコケの中に美しい花を咲かせていました。水筒はその横に、まるで寄り添うようにチョコンと座っていたのです。
 何故か微笑まずにはいられない光景でした。なんの接点もないようなイワカガミと狸型水筒が、まるで仲良しみたいに並んでいるのです。私は、水筒はそのままにしてカメラを取りに戻り、再びそこまで降りました。写真を撮らずにはいられないシチュエーションですから。
 ひとしきり写真を撮った後に水筒を手に取ると、新たな傷や凹みがいくつかついていました。勲章が増えたようなものです。この傷を見、触ると、きっとこの時のことを思い出すだろうな、と思い巡らせながら、私は斜面を登っていきました。