焚き火料理に鍋を貸した人は家に帰ってからたっぷり2時間キャンプの思い出に浸ることができる。<はしもといわお・アウトドアの掟>

バードウォッチング

ヤマガラ

 
 ダンディズム的バードウォッチング
 
 自分が鳥見人のくせに言うのもなんですが、日本のバードウォッチャーはちょっとダサイと<@峰>は思っています。遊びは楽しみなのですから、もっとファッションにも気をつけたほうがいいと思います。大人の遊びは、それぞれなかなか格好をつけるものです。ゴルフにしても釣にしても。・・・・・どちらも<@峰>は嫌いですが。
 残念ながら、そのファッションが実は<@峰>は苦手です。だからここでも着るものの紹介はしません。それぞれに是非、気をつけてみてください。
 では<@峰>が考えるダンディズム的バードウォッチングとは・・・・とりとめも無く書き綴りますので、うまく説明になっていないかもしれませんが。
 
 何故バードウォッチングを始めたか、何故のめり込んでしまったかをよく考えてみてください。それは鳥の何かを見て感動したからだと思います。それは趣味の領域だけではなく、すべてに通じるものだと思います。人間は感動するために生きているといっても言い過ぎではないと思いますで、何かを手に入れたり、自分の思うがままに人や物が動いたりすると、嬉しいものです。でもバードウォッチングは違います。一般の人が見ないだけで、延々と営まれている自然の一部を見て感動するのです。それはかなり高尚な、大人の遊びに違いありません。ですから、バードウォッチング自体がダンディズムの遊びといえるかもしれません。
 なのに、貧しいバードウォッチングをする方が多いのも現実です。特にカメラを持ったバードウォッチャーは顰蹙を買うことが多いです。。徒党を組んで鳥を追い回して写真を撮るのはやめたいですね。周りのこともよく考えて行動するのは大人として当たり前なのに。これは、自分への戒めを込めて声を大にしておきます。
 大人のバードウォッチングとは珍しい鳥を見ることではないと思います。そんなものは血気盛んな若者に任せておきましょう。見慣れた鳥でも、初めて気づく表情や生態などは沢山あります。そこです。極論すれば、スズメを見て感動できるようになることがダンディズム的バードウォッチングでしょう。と、考える<@峰>もまだそこまで到達していませんが。